掘立小屋

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世代ごとの価値とは

先月29歳になりました。

社会進出早7年ですけど驚きの低精神年齢を自覚しています。

全然大人になったかなと思ってません。

EQ高くなったかなと思いたいですけど振る舞ってるように見えるだけかなと思います、EDにはいつなるんでしょうか、怖いですね。

世代が変わる節目に思うことは

例えば20代だと許されることと言えば、夢中になることだとか、失敗することだとか言われますけど、そんなの他人がただ定義しているだけのことで、30代の人の話聞いていると誰もがなにかしらなんかやってるんですよ。逆にどっかのライフハック記事に書いてあるような○代にやっておくことに乗っているような記事鵜呑みにして○代過ぎたら可能性感じられなくなっちゃうんだ…なんてならなくていいと思います。ああいう記事を見て生き方変わりました!!なんて人がいたら実際会ってみたいです。

ただ、世の中には年齢という区切りで線を引いてしまえーという恐ろしい制約条件があります、特にイベントとか。そこは諦めるしかありません。「20代限定」街コンとかは30歳になっちゃうと行けなくなるわけです。これはすごくかなしい。若いっていいなあとか思います。

年齢が変わっても同じように。。

自分の思うように素直に生きたらいい。そういう方向に持っていけたら人生楽勝ゲーですね。周囲から要求される責任に対してどれだけ自分が担保になれるか、これさえ満たせれば変な話好きに生きていいんです。いいんだよ…。でもそれがとても難しいのです。

 

ここで流れには責任に関わることがはいってきます。

昔はただ目の前にあることに熱中してやれればいい、周りもなんとなく認めてくれているような気もする。よーしなんだか自分いいのかもと思いますよね。

するとある時から駄目出しを喰らうようになるのです。え、今まで特にあんた達何も言ってこなかったじゃん、僕なんかしましたか。

全体を俯瞰して視野を広げろ、自分のことだけじゃなくて、他の人のことも考えなければいけないんだと言われるようになるのです。

所謂何かしらのコミュニティに属していると責任が大きくなるという奴ですね。

ニートのひとにだってありますよ、家族というコミュニティが。これが仮に長男だと、お察しくださいになります。

どうやって生きていくか

いろんな物背中に乗せる前に動いておけってこと、で締めくくろうと思います。最初にも書きましたけど、責任増えるから可能性感じられなくなるのは余りに悲観的だということ。いまだからこそできる強みを見つけてそれにあわせて動こうよ!です。